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2014年02月28日

久々の感動―長野五輪テストジャンパーの感動秘話

お茶の水校の相馬です。ソチオリンピックが終了しました。何となく祭りの後のようなお疲れ感が漂っています。ジャンプ団体戦で日本が銅メダルを取りましたね。わーい(嬉しい顔)

タイトルにある話は1月末にTVでオンエアされたものです。今から7年前に開催された長野オリンピックで最も記憶に残った競技と言えば「スキージャンプ団体戦」ではないでしょうか?4人で勝ち取った金メダル。4位からの逆転劇は見事と言うしかありません。

実は、この金メダルには、私たちが知らない秘話がありました。西方仁也という人。1994年リレハンメル五輪の団体LHの銀メダルの実力者です。他に岡部、葛西、原田。この4人のメンバーは当然4年後の長野五輪を目指していました。ところが西方は腰痛のため日本代表から漏れ、岡部・斉藤・原田・船木がメンバー。彼はテストジャンパーとして五輪参加を依頼されました。

その長野五輪、1回目の飛躍で日本は4位。その時猛吹雪が襲い、競技中断。1〜3位のヨーロッパの各国は試合打切りをアピール。審判団はテストジャンパーの結果を見て継続を判断することにしました。25名のテストジャンパー達の壮絶な闘いが始まり、大飛行を決めたが、ヨーロッパ各国は実力者の西方仁也の結果が良ければ継続してもいい」ということになったそうです。

なんと、西方は123mのK点越えの大飛躍を決めました。そして第2回目の再開。結果は皆さんご存知の通りです。あの原田選手が言った「俺じゃないよ みんななんだみんな」という言葉には深い理由があったのです。命の危険を顧みず飛んだテストジャンパー達の裏方の努力に感服です。メダル獲得は、試験同様一発勝負で手に入るものではありません。日々の努力がやがて実を結ぶものと思います。因みにこの団体メンバーには今回の「レジェンド葛西」は入っていませんでした。

講師や教務の受験指導の終止符は合格祝賀会です。今月15日に雪の中閉幕いたしました。看護国試系は3月26日です。教務はこのステージの演出のため1年間サポートに励んできたとも言えます。受験生活は地味な歩みです。オリンピックほど華やかではないものの、来るべき日のために自分なりの新たな感動をつくりましょう!


posted by 東京アカデミーお茶の水校 at 12:42| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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